「なんのコインつかってる?」と、マジシャンはよく話します。
コインマジックは、ひとつの花形であり、それも重要なことなのでしょう。
おもえば、いままで、いろんなコインをつかってきました。
いまも、ひきだしにころがっているはずです。
マジシャンのこだわりどころとして。
なんとなく、いままで考えたことをまとめてみます。
観客の前では、道具の呼び名を、統一すべきだとおもいます。
場も混乱せずにすみますし、スマートです。
「語感」というものは、たしかにあります。
コイン、銀貨、メダル、シルバー、ハーフダラー……すべてちがう印象になるでしょう。
べつに国語の問題ではありません。
表現したい空気に、近いものをえらばべいいのです。
ちなみに、僕は「銀貨」で、統一しています。
クラシカルな空気がすきだからです。
ハーフダラーは二種類あります。
銀貨と、ニッケルです。
これはもう、銀貨の圧勝だとおもいます。
ニッケルの勝っているのは、安さと、かるさくらいでしょう。
なにより、手につく鉄のにおいがいやです。
マジシャンの汗でにちゃりとしたコイン……観客にはわたせません。
特別な理由のないかぎり、
おこづかいのできしだい、銀貨にすべきかとおもいます。
外貨にするなら、外貨のよさをもつ、外貨にすべきなのです。
はじめて買ったハーフダラー、ニッケルさんごめんなさい、と。
これもひとつの論争です。
五百円玉は自然だし、ハーフダラーは美しい。
マジシャンはどちらをつかうべきでしょう。
結論からいえば、どちらでもいいとおもいます。
これも、自分の表現したいものに、あわせるしかありません。
手のサイズもあるでしょうか。
ただ、ひとつの指針として、考えたことはあります。
あえてわけるなら。
「あちらの世界にお邪魔するとき」は、五百円玉。
「こちらの世界に招待するとき」は、ハーフダラー、というものです。
前者はテーブルホップ、後者はショウスタイルになるでしょう。
これらは、意味あいがことなります。
前者では、マジシャンは「侵入者」であります。
食事を中断して、よくわからんものをみせられて……ストレスです。
それで怒る、というのでなく、心理的に負担がある、ということです。
急に、しらない世界をみせられるのですから。
マジックに対して、疑いぶかい気持にもなるでしょう。
その抵抗をわずかでもへらすため、自然な日本円ではどうか、ということです。
後者のショウスタイルでは、マジシャンは「招待主」であります。
観客は、ディズニーランドに、むかうような気持できてくれます。
「うけいれる」準備はできているし、むしろ、謎めいたものをみせてほしいと。
積極的に、かわったもの、ロマンチックなものにひたりたいのです。
そしてショウは、非日常を演出するところです。
となると、美しい外貨のにあう気がしませんか。
とはいえ、これもひとつの思考あそびです。
自分も、結局、外貨で統一しています。
それくらいのものです。
最近、ワンダラーをよくみるようになりました。
あきらかに、ポン太氏「Sick」の影響でしょう。
あれは「モルガンをつかってみてはどうか」という、ひとつの提案でした。
そしてみな、あの重い銀貨を、ひゅんひゅんさせております。
まさに、流行です。
けれど自分は、いまのところ、ハーフダラー派であります。
理由はいくつかあります。
①「みえない」ことを重視したいから
コインマジックは「一度でもみえたらおわり」です。
自分は、仲間内でジャグリングをきそうのでなく、観客にみせられるコインマジックをしたい。
そのためには、安全に、安全に、ちいさなハーフダラーでいいじゃないか、とおもいました。
②手にあう気がしたから
あるとき「このほそい手には、ハーフダラーのがいいんじゃないか」と、おもいました。
シュチュエーションにもよりますが、ワンダラーは、自分には「おおきすぎる」気がしたのです。
とくに複数枚のときは、許容量をオーバーしている感じが……。
コインのおおきさと、コインマジックのふしぎさは、そこまで関係しないのではないでしょうか。
問題は、もっと、べつのところにある気がします。
③美しいから
ウオーキングリバティがすきです。
以上です。
三つ目が、われながらおおきい。
ようするに、ファッションのように、すきな格好をすればいい、ということかもしれません。
だとすれば、流行にのるだけでは、一人前になれないのもしかりです。
おしゃれさんになるためには、自分らしいスタイルをつくらねば。
他人のスタイルは、他人のたどりついた「答え」であり、あなたの「答え」ではありません。
まねをしても、またどこかへながされるだけです。
「なぜ、そのコインなの?」といわれて「みんなつかってるから」では、いただけません。
「自分らしいから」であるべきです。
ピンバック: 500円ハーフダラー論争に参戦してみた