大阪なんばにマジックバーをはじめてから、新人にあれこれ教えることが多くなった。
とはいえ基本的に「マジシャンは勝手に成長する」と考えているので、まあネタに口をだすことはない。ちょっとした言葉やふるまいについてという感じだ。
そんな中で、どの後輩も口にしてしまう(つまり僕は悪手だと思っている)セリフがある。
「最近、マジシャンになったところなんです」
「このお店に入って一月目なんです」
「マジックをはじめて半年です」
「ほんとは大学生です」
僕は「そんなこといわなくていいぜ」といつもアドバイスする。
ひょっとするとマジシャンになりたての人も同じ間違い(だと僕は思っている)をしてるかもしれない。なので文章にすることにした。
このセリフはなにがいけないのか?
観客の幻想をうばってしまうからだ。
ディズニーランドに入園した瞬間、アイスバケツチャレンジをくらうみたいに、ワクワクを興ざめさせてしまうのだ。
考えてもみてほしい。
例えば「そういえばマジックバーいったことないね。どんなマジシャンがいるんだろう?」と興味津々できた観客に「あ、あの実は先月からマジシャンになりました。ほんとは大学生なんです。がんばるんでよろしくお願いします」と発言するとどう思われるのかを。
がっかりするだろう。もっと堂々としといてくれよ、と。
もちろん正直なのは悪いことではない。だが良くもないのだ。
この世には「正直に口にするくらいならなにも言わない方がいい」という種類の優しさもあるのだ。嘘をつく必要はない。しかし、わざわざ本当のことをいう必要もないのだ。
まだ初心者に毛のはえたようなパフォーマーだけど、全力を尽くします、という謙虚な姿勢はいい。しかしその謙虚な姿勢は自分のなかに秘めるもので、他人につきつけるものではない。
さらにいえば初心者アピールは「少々の見苦しさは見逃してください」という言い訳を自分に用意していることにもなる。観客からすれば、しらんがなそんなんアンタのとこの事情やん、こっちに押しつけないでくれよ、というわけだ。
それは、まわりまわってパフォーマーの演技をやりにくくする。
観客のテンションをさげているわけだから。ハードルを下げるとはそういうことだ。人生というのは、どういうわけだか、弱い言葉を使うほど、自分を追いこむことになってしまうらしい。
いいかい?
わざわざ君の価値をさげるような言葉を吐くんじゃない。
口にしたくなる気持はわかる。つい初心者なんです──と見逃してほしくなるのは。でも、そんなのは舞台裏までだ。観客の前ではいっちゃいけない。
観客の前では、堂々とマジシャンを気取ってないといけないんだよ。
僕たちが選んだのは、そういう仕事なんだ。観客がみたいのは自信にみちあふれた君なんだからね。歯をくいしばれ。君ならできるさ。
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