青年は地獄を生きる②「その程度でバッドエンドのつもりか。君のストーリーは途中だろ。」

ある時期、人生のすべてが終わった気がしていました。

世界のすべては敵に思えたし、才能は枯れたし、この手はからっぽだし、夢は潰えたし、幸福は手に入らないし、わが身はどこにもいけない────といった感覚です。理性を失いたいがためだけにウイスキーとチェイサーにビールを飲み続けたこともありました。

自分がいるのは地獄の色をした終着駅だ、と。

しかし、いまとなっては、なにが〝終わり〟だったのか良くわかりません。

こうして僕はのうのうと生きているし、それなりに、けろっと楽しく──無論楽しいことばかりでありませんが──やっているからです。

あの〝どこにもいけない感覚〟はなんだったんだろう?

というのが本音ではあります。

もしや、僕は、かつて嫌った〝葛藤をやめて適当に社会に順応した大人〟になってしまったのでしょうか?

そうではないと信じたいです。

というのも、いまも心のなかに、あのときの青い地獄の感覚は生きているからです。いつだって地獄は心のなかにあって、こちらをのぞいています。崖面に腹をつけて細い道をにじり歩くように、うっかり踏み外すと、ぱらぱら落ちる砂と共に、どこまでも吸いこまれそうになる。

ただ、そうした中にあっても「やるしかねえな」と腹を括れるようになったのだと思います。それくらいには強くなった。そして、それは僕の人生のなかでは大きな変化でした。

あるときベストセラー作家の大沢在昌氏が「小説の書き方」を語るなかで、面白いことを書いていました。

「小説のキャラクターは最後のページになるまで物語を降りることができない。どうあっても挫けるように設定するわけにいかない」

という内容でした。

確かに、主人公がドロップアウトすればストーリーは終わります。絶対に挫けてはならないのです。本にならないから。挫折しても復活しなくてはならないのです。

同時に、大沢氏は「これが現実と小説のキャラクターの違いである」と書いていました。

厳しい言葉ですよね。つまり現実世界の人間はドロップアウトできるのです。いとも簡単に。君だって、そうした人間をまわりに何人も思い浮かべることができるでしょう?

君がそうなりたくないことは知っています。しかし、そうなりそうで眠れない夜を過ごしていることも知っています。

すでに終わった気がしているのでしょう?

世界に見放された気がしているのでしょう? 

人生を楽しむ資格がない気がしているのでしょう?

冒頭に書いたように僕もそうでした。いまだに人生を楽しむことに罪悪感すらあります。

しかし、それでも、僕は──君は物語を降りるわけにいかない。

いつのころからか、そう考えるようになっていました。なぜそう考えるに至ったのかはわかりません。おそらく極まりすぎて、あるとき一周したのだと思います。劇的な瞬間などありません。僕や、君や、ものごとはゆっくり変わるものですから。

いや、象徴的なできごとはありました。

いま思いだしたから書いておきます。まさか書くことになると思わなかったけれど。これもめぐりあわせでしょう。そんな時期、ある夢をみたのです──本当ですよ。

夢のなかで、僕は古びた図書館にいました。薄暗く、そこには誰もいませんでした。なにげなく奥の本棚に立ち寄ると、一冊、緑の装丁の本が気になりました。

その一冊の本を手にとりました。そしてたぶん最初のページを──というより、その本にはそのページしかなかった気がする──開きました。

「大事なのはここから何をするかではないか?」

そこには一行だけこう書いてあったのです。

目が覚めたあと、ぼうっとその言葉について考え続けました。いまも悪い予感がした夜や、憂鬱な雨の日や、他人と衝突したあとに思いだします。すると、いくぶん元気をもらえます。ここからがスタート地点じゃないか、と。

いいですか。

君はまだ〝終わって〟いない。ちっとも。

確かに、失ったものは大きいかもしれない。悲しみもあるかもしれない。しかし、失うことで、はじめてその価値を理解できたはずです。それを取りかえそうと試みてください。完璧に同じものを取りかえすことはできないかもしれない。それでも試みなくてはいけません。

なぜなら、君は、主人公だから。

君は、君の物語を降りるわけにいかないからです。

どう考えても、君は、物語のページの途中にいます。

いまは地獄のように思えるかもしれません。この世に救いなど存在しないように思えるかもしれません。心には寒い風が吹いているでしょう。しかし結末ではない。断じて。君は若い。君には、まだ打つべき手がある。

その程度でバッドエンドのつもりか。君のストーリーは途中だろ。

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