すぐれた小品トリックだとおもいます。
それもラストをかざるほどでないというだけで、これだけを演じるのも粋でしょう。
プロットに、しずかな美しさすら感じます。
文句なしのクラシック、改案数をうかがうだけでも、歴史的意義がわかります。
しかし、それも「マジシャンからみれば」ということをわすれてはなりません。
ほかのマジックにもいえることですが、
どんな現象であれ、その観客にとっては、はじめてみる奇跡です。
あたりまえですが、わすれがちなことでもあります。
このあたりから、マジシャンは、パケットトリックとして、
数枚のカードをつかうことに、罪悪感をおぼえなくなったのでしょうか。
ちなみにパケットトリックについて。
デックから、数枚をとりだしはじめるものと、
パケットケースに用意しておくものとは、明確にわけて考えるべきでしょう。
観客からすれば、後者はなかなかに異常なことです。
否定しているのではありません。
その事実をどうとらえるか、ということです。
「ひっくり返るA」は「変化・移動」などより、わかりにくい現象だといえます。
不発におわる可能性すらあります。
想像してください。
一枚目のリバースしたところで、観客は「うん?」と首をかしげ、
二、三枚目と続けやっと「そういうことか」と、納得されたことはありませんか。
はっきりいって、こまごまとしてわかりづらい。
お金がふえるならまだしも、いかにAのひっくり返ろうが、観客にはどうでもいいことです。
だからこそ「小品トリック」といって、おざなりにせず、しっかり演じる必要がある。
ちっちゃいくせに、ちょいと神経をつかう、そんな印象です。
個人的に、印象ぶかい改案をまとめました。
ただの感想集です。
●「Waving the Aces」Guy Hollingworth
なによりビジュアルなのが特徴でしょう。
それにより「すこしずつ難度をあげる」というストーリーができ、
原案より、すぐれた構成になっているとおもいます。
さらに興味ぶかいのは、ポジションの変更について。
原案は、パケットをみおろす形であったのに、本作では縦にかまえています。
技法からできた形であれ、結果的に、オープンな印象になっています。
みおろす形の「Ver.2」も発表されてはいます。
けれど、まず生まれたのがこちらである、というのはおもしろい。
原案より、ひろい空間をつかえることで、すこしだけ「小品」を脱せたのではないでしょうか。
そのため難易度のはねあがるのは、まさに等価交換であります。
●「Maxi Twist」Roger Smith
シンプルなプロットの宿命は、エフェクトを追加されることです。
そんな「ああ、やっぱり原案だ」のなかで、これは成功したほうではないでしょうか。
マキシツイストの「納得しやすさ」は、すばらしいとおもいます。
「最後にしっかり数えてみましょう。1、2、3、4……でしょう?」
なんて、洒落てるとはおもいませんか。
そのオチが「無意味なサプライズ」でなく、それまでの現象とつながっているのはうれしい。
ストーリーがながれているのですね。
もちろん、すべてをよろこべるわけではありません。
代償として、セットの必要や、手順中のならべかえ、エキストラなどの問題はあります。
リスクなしの改案など、そうはないものです。
あるいは、原案こそ、そもそもの、バランスの限界点にあるということかもしれません。
●「We’ll Twist」Derek Dingle
クライマックスに、裏の色のかわるものです。
きらいではありませんが、セットしてまで……といわれるとどうにも。
トリックとして成立していることと、すぐれているかどうかは別問題です。
というより、時代を考えるべきかもしれません。
「あの時代に生まれた」ことを評価すべきであり、いまの基準でみるべきでないのでしょう。
火縄銃とライフルをくらべるようなものです。
また、カラーチェンジ系はセットのめんどうなところがあります。
デックにセットしておくのか、パケットケースにいれておくのか。
いずれにせよ、その中間のイメージです。
こうしたオチに、なんとか気のきいた台詞をと考えたことがあります。
「これで四枚ひっくり返りました。最後に、あなたにひっくり返ってもらいましょう」
というものでした……そのままですね。
●「私案ツイスティング・ジ・エーセス」松田道弘
マジックをはじめて学んだのは、氏の著作でした。
だから一時期、自分にとって「ひっくり返るA」といえばこれでした。
原案も身につけましたが、こちらのほうが好みだったのです。
第一に、おぼえやすさ。
パケットトリックの複雑さがあまりなかった。
第二に、手順の統一性。
個人的に、手順中の、無意味なおきかえや、ならびかえは、好きではありません。
こちらのほうがスマートに感じました。
とはいえ、このとおり演じることもありませんでした。
後述しますが、スルーザフィストフラリッシュと、最後のリバース技法がすきでなかったのです。
ちなみにオチまでいかず、雑にパケットをテーブルにほうると、エンドクリーンにおわれます。
●「Asher Twist」Lee Asher
これも新参技法かもしれません。
けれど、それこそ新参者としては、クラシックの風格すら感じます。
まず、発想がすさまじい。
カウントや、マルチプルリフトなんかの「こずるさ」はなく、まさに直球。
原案とくらべるだけでも、時代のちがいを感じます。
現代の「クイックビジュアル」を代表するようなシャープさ。
日本刀のような切れ味です。
上では「現象を理解させることの重要性」について書きました。
本作では、もはや気にする必要もないでしょう。
だまってみせるだけで、ふしぎだろうからです。
理屈で納得させる原案とちがい、ただシンプルに、美しさで圧倒すればいいのです。
トリプルリフトによる、クライマックスも圧巻です。
まったく原案にしばられず、最後まで、このプロットを達成できていることにおどろきます。
そしてこれも時代のながれかもしれません。
「むずかしさ」の種類も、ほかのものとちがうように感じます。
フラリッシュ的な、一発勝負の技術。
ビジュアルさとあやうさは、表裏一体なのかもしれません。
これをこなすには、相当の練習がいるでしょう。
個人的には「平面でカードをひろげますよ」と(暗に)約束しておきながら、
「立体のうごき」という反則をもちこむのが、この技法のポイントだとおもいます。
パントマイムの「壁」のように、平面を、徹底して意識すべきではないでしょうか。
三次元のうごきをわすれさせるほど、二次元のうごきに気をつけるわけです。
●「Mcclintock twist」Reed Mcclintock
縦版アッシャーツイストといえば、それまでですが、非常に興味ぶかい。
「Waving the Aces」にも書きましたが、
ポジションをかえるだけで、ちがうものになるわけです。
自分の、創作公式に「縦と横のポジションをいれかえる」というものがあります。
それがきまったパターンでしょう。
スピードもいらず、ある程度のスムーズさだけでできる、難易度もそこまで高くない。
けれど致命的なことに、あまりふしぎでないようにみえるのは、自分だけでしょうか。
そもそも、このオープンポジションは、三次元的なのです。
二次元的なアッシャーツイストものとは相性がわるい。
なにより、観客のまず考えるであろう、推理のあたっているのが不幸です。
なにかでカバーして、うしろでなにかするという日常の感覚、そのままなのです。
皮肉なことに「Waving the Aces」で、
利点になっていることが、こちらでは欠点になっているわけです。
システムはおもしろいが、なんとなく演じる気になれない、という印象です。
単純なリバースでなく「リコシェイ」など、ほかの現象につかうべきでしょう。
自分なりの「ひっくり返るA」を紹介します。
松田氏の改案をつくりかえたものです。
具体的には、
・スルーザフィストフラリッシュを、べつの技法に変更
・ラストのクライマックスの変更
になります。
<手順>
①「四枚のAがあります。好きなマークはなんですか?」
まず四枚のAを、自分だけにひろげる。観客に質問をしながら、マークが赤黒交互になるようにする。交互であれば、なんでもかまわない。これにより、手順中において、赤と黒が順番にあらわれるようになる。
②「ハートAですか」
コールされたものを、カットで、トップから三枚目にくるようにする。マジシャンだけが、すべての表をみている状態で、三枚目になるよう上下をいれかえる。どんな状況でも、一枚か二枚いれかえるだけですむ。これでトップに、ハートAをもってきたとおもわせたい。裏むきにトップカード(ちがうカード)をとりあげ「なぜこのマークなのか、理由はありますか?」と、ミスコールしてもいい。いまトップから、ダイヤ、スペード、ハート、クラブだとする。
③「わかりました。ハートは、最後に、あなたのためにとっておきます」
四枚をまとめ、裏むき、左手ディーリングポジションにもつ。トリプルリフトする。ハートAがでる。トップカードのようにみえる。②と帳尻があう。
④「意味はあとでわかります」
トップより、表ハート、表スペード、表ダイヤ、裏クラブになっている。パケットを、ネクタイポジションにする……トップをみせないようかたむける。ハートAだけをとり、裏むきにして、観客をしめすなどジャスチャーをする。そして裏むきのまま、トップに回収する。トップカードを裏返すのに、ほかのAがみえてはいけないので、パケットをかたむけたことになる。ここまで観客からすれば、トップのハートAをめくり、もどしただけになる。これでセットが完了した。上より、裏ハート、表スペード、表ダイヤ、裏クラブになる。ここは原案どおりでもかまわない。好みによる。ちなみに「意味はあとでわかります」という台詞は、疑問をたなあげして、手順をすすめるときに重宝する。
⑤「カードには、裏と表があります」
パケットを、右手で、対角線をおさえるようにもつ。シェイプシフターチェンジや、反転させるカラーチェンジのときのように。台詞とともに、ボトムカード(クラブ)をみせることもできる。暗のあらためになる。
⑥「ふると、一枚ひっくり返ります。スペードAです」
右手のパケットをふる。マジカルジェスチャーになる。そしてエルムズレイカウントをする。スペードAがあらわれる。ながれにまかせるのでなく、しっかりみせること。カウントは、途中でとめることもできる。スムーズにながさなくてもいい。余談だが、マジシャンはあまりにも「ふると…」「こすると…」「はじくと…」を、多用しすぎだとおもう。安売りはさけたほうがいい。まさか、観客も信じてるわけではない。あくまで、合意の、合図のようなものだ。だからこそ、こうしたジャスチャーをするときは、どのようなスタンスなのかを考えておくべきだ。
⑦「二枚目……ダイヤAです」
おなじ“対角線”マジカルジェスチャーをする。エルムズレイカウントで、ダイヤAがあらわれる。トップより、裏ハート、表ダイヤ、裏クラブ、表スペードになる。
⑧「要領がつかめてきましたね。三枚目は、クラブAです」
ここでパケットをひっくりかえす必要がある。松田氏は、スルーザフィストフラリッシュをおこなっていた。今回は、対角線をつかい、カラーチェンジのように半転させる。その準備として、いままで“対角線”マジカルジェスチャーをしていたのだ。パケットをふりながら、ひとさし指で回転させる。裏から裏になるので、めだちにくいが用心はいる。観客にはなしかける。左手でなにげないジェスチャーをする。いままでと、ちがう軌道でふることで、観客をついてこれなくする。うごきそのものをおおきくする。などである。だが、あくまで前回同様にみえるべきでもある。そしてパケットを左手にとり、ヨルダンカウントをする。クラブがあらわれる。
⑨「のこるは、あなたのハートAです。あなたにひっくり返してもらいましょう」
いまトップから二枚が裏で、表ハート、表クラブになる。台詞のなかで、ボトムのクラブをハーフパスする。リバース現象のマジックで、ハーフパスをするのは気がひける。だが、ただ無為にするのでなく、やりとりのあいだにということで納得している。ハーフパスに自信がなければ、⑩の「このように手ではさんで…」の説明をしながらすることもできる。
⑩「では、このあたりで、このように手ではさんでください」
いま、三枚目に表ハートAがある。このまま、観客の両手にはさませる。その前にあらためることもできる。エルムズレイカウントをおこない、ラストをボトムにさしこめば、順番はかわらない。だが突然、ラストをボトムにまわすのは不自然である。苦肉の策として、最後のカードを「このあたりで」と、場所をしめすためにつかう。観客が手をだすあいだに、左手の三枚を、右手のラストカードの上にもってくる。ボトムに回収したことになる。いずれにせよ「カードはいま、すべて裏むきですね?」などと、みせつけるようにすべきでない。
⑪「ハートAを意識してください……何枚目にあるイメージでした?」
クライマックにうつる。観客の手にはさませ、唐突に、上のようにたずねる。「三枚目」といわせるのが目的である。「3」はコールされやすい数字である。ここで二パターンにわかれる。いずれにせよ、このセリフは、答えにより意味をかえるので、あいまいなものでなければいけない。
●三枚目
「では三枚目にしまょう。三枚目にあるのをイメージして……想像で、ひっくり返してください」
ラッキーパターンである。「観客のきめた枚数目にあらわれる」という現象がつく。もちろん、はじめから、そうした手順のようにふるまう。
●三枚目以外
「ああ、いってなかった……三枚目にあるのをイメージしてください。具体的なほうが想像しやすいですからね」
すぐに訂正し、三枚目に誘導する。いかにも、なんでもない雑談だったようにする。質問そのものの価値をなくしていくのだ。「まだつかめていないようですね……ハートは三枚目ですよ?」と、冗談めかすこともできる。いずれにせよ「観客がAをひっくり返す」という現象にする。
⑫「ではどうぞ」
観客がイメージできたとこたえたら、手をひらかせる。エンドクリーンに、三枚目のカードをみせておわる。ラストに、観客に花をもたせることになる。
私案の特徴として、⑪のクライマックスがあげられます。
こまかく分析してみます。
●観客の手のなかで
「難易度をあげることによるメリハリをつくる」
「観客を参加させて、スリリングな構成にしたかった」
などのねらいがあります。
「観客の手のなかで」の効果をあまくみてはいけません。
マジシャンからすればおなじことでも、観客からみればおおきなちがいです。
マジシャンのあと、最後、観客にもさせるというながれは、非常に「おとしやすい」です。
これは、おなじ現象の続くマジックにおいて、重要なことです。
最後の拍手は、マジシャンでなく、観客にむけられます。
ある意味、ほかの観客も、拍手せざるをえないのです。
●観客のきめた枚数目にあらわれる/シャドウパターン
これはノーリスク(失敗にならない)ハイリターン(現象の追加)で、
ラッキパターンをねらうものです。
とはいえ、すこし特殊かもしれません。
たとえ失敗しても、何不自由なく、ストーリーはながれるからです。
観客は賭けのしりようもなく、失敗したことで、現象のレベルのさがることもありません。
まず通常のながれがあり、あわよくば、
ノーリスクで、ラッキーパターンに挑戦してみる、という感覚です。
「失敗を前提にした現象」「失敗してもさとられない現象」ともいえるでしょうか。
なんとなく、ラッキパターンの変種として、シャドウパターンとよんでいます。
●プラスした現象について
これら「観客の手のなかでおきる」「観客のきめた枚数目にあらわれる」について。
どちらも「無意味なサプライズ」にならないようにしたつもりです。
「色・数字がかわる」などとちがい、あくまで「ひっくり返るA」を強調するものになります。
現象をつけたすなら、もとのものをさらにすすめる方向を、まず考えるべきでしょう。
●テーブルで
最後は、パケットをテーブルにおくこともできます。
演技をひろくみせたいときは、そちらのほうがいいかもしれません。
「マジシャンがふれていない」という、表むきの難易度もあがります。
「B’Wave」のような印象になるでしょう。
そうしたときに、パケットトリックをすべきでないのかもしれませんが。
