「しかし、実は、風はどこから来るわけでもなく、どこに吹いてゆくわけでもなかった。それが、風が砂漠よりも偉大な理由だった。いつの日か、誰かが砂漠に木を植え、そこで羊を飼うかもしれない。しかし、風を飼い慣らすことは、決してできないのだ」
「アルケミスト」パウロ・コエーリョ
朝、新聞をみて衝撃でした。当たり前のことですけれど、その当たり前のものがなくなる感覚でした。
僕は平成元年世代です。昭和というものを知りません。同時に、平成という時代とともに生きてきた——質は考えずに——ということはできるわけです。
よく「そうか。君たちは平成生まれかなのか」と年上の方におどろきの目をむけられました。それも終わるというわけです。次は、僕が、おなじ目を次の世代にむける番なのでしょう。
僕はよく時代、あるいは世代というものを考えます。
ちょうど百年前のロストジェネレーションのアメリカ文学が大好きです。かの「グレート・ギャツビー」や「日はまた昇る」を何度となく読みました。そんなときは己の手をみて「彼らと違って、僕たちはなにを喪失しているのだろう? そもそも何も得ていなかったのでないか?」と考えました。
その次のビートジェネレーションの代表作である、ケルアックの「オン・ザ・ロード」を読んだときは、その痛快なエネルギーに圧倒させられました。あきらかに僕たちの世代にない開放感(と悲しみ)だったからです。ただただ「僕たちはビートジェネレーションでないんだな」という感覚がありました。
そういった体験から、僕たちはなんの世代なんだろう、と考えるようになりました。
しかし、どれだけ頭をひねっても「俺たちはこんな世代なんだぜ!」という確たるものはみつかりませんでした。テクノロジーだとかSNSだとかiPhoneだとか、そういうものでは断じてない。いわば青春のあり方があるはずなのです。
とはいえ、少しばかり理解できたことはありました。
それは「頭を動かすんじゃなく、生きながら考えるしかない」というものです。
その時代を(能動的に)生きることでしか答えはわからない——ひいては自分がそれを体現することになるだろう——というものでした。スティーブン・キングが「書くことについて」で語った極意のように「説明するんじゃない、みせてみろ」というわけです。
あるいは詩人コクトーのように「スタイルは出発点になることはできない。それは結果としてあらわれるべきだ」ということもできます。「僕たちはこんな世代だ」と決めて生きることはできない。あくまで生きた結果として、ゴール地点からふりかえって、決めるものだということです。
ようするに、ちゃんと生きなさいよと。そんなことを、たまに思いだしては、ぼんやり考えていたわけです。
そんなおり上のニュースを目にしました。これ自体は、朗報でも悲報でもありません。しかし人の数だけ感慨はあるはずです。
平成が終わる。
まず感じたのは恐怖でした。平成しか知らない身としては、次の時代に置き去りにされるような気がしました。ひどく「平成に閉じこめられる」ような感覚でした。
だからこそかもしれません。平成とはどんな時代だったのだろう、と考えたくなりました。あとの世代がなんとなく感じるイメージはそのうち生まれるでしょう。それとは別に考えたくなったのです。
お断りしておきたいのは、以下に書くのは、その過程で考えたものだということです。答えはありません。無秩序です。まだデリバリーピザのビラでもながめたほうが、いくらか建設的な気はします。
子供のころ「昔の世界は色がなかった」と作文に書いてほめられた記憶があります。
テレビでみる〝昭和〟は、どれも白黒だったからです。だから昔の人は色のない世界に生きていたんだ、最近になってフルカラーになったんだ、という発想でした。
本心から考えたわけでありません。そう書けば評価をもらえるだろうという、例の少年のこざかしさでした。
とはいえ昭和という時代をイメージで抱くしかない、というのも確かです。
そんなとき、いつも、僕は風をイメージします。なんの脈絡もないですが、頭のなかを風の吹きぬける感覚があります。
ちょいと話は飛びますが——そして僕のなかではつながっているのですが——僕は言葉のコレクションが趣味です。あるとき「あ、いいな」とおもった収集箱のなかに〝風〟が頻出することに気づきました。
風を見た少年(1983)
君は風をみたか?(1985)
風をあつめて(1971)
風に吹かれて(1963)
風の歌を聴け(1979)
風立ちぬ(1938)
そして、それが風であることを知った(19C)
ランダムにならべました。中身は関係ありません。
あるとき、これらの生年を調べました。すべて昭和でした。そのとき僕は昭和に、ひとつの風が吹き続けていたのだと感じました。浅はかなデータ収集から、そう感じたのです。
ちなみに堀辰雄の「風立ちぬ」は、ポール・ヴァレリーの和訳です。この詩人も昭和のころの人物だということで勝手に納得しています。
数年前に、ジブリにて、同タイトルで映画化もされました。
小説と内容は異なりますが、あれも宮崎駿監督が、この時代にいまいちど、昭和に吹いた風をおこそうと試みた作品なのかなと考えました。「なぜ製作したのですか?」とのインタビューに「また同じ時代がきたからだ」と答えていたのが印象的でした。
もちろん時代ごとに流行のワードがある、というだけのことかもしれません。
けれど時代の外にいるものは、その流行から印象を形作るしかありません。ゆえに昭和という時代には、ディランの歌った風が吹き続けていた気がしてならないのです——どうしても。
もし、この、とるにたらない考察に、いくらか真実があるとするなら。あとに残るは、さすればその風はなんだったのだろう、という問題です。
それはわかりません。上の作品のどれもが、それに答えてくれなかったからです。ただ風が吹いている、というしかありません。事実としても、メタファーとしても。
ちなみに、あとひとつ、風についての言葉で好きなものがあります。
トルーマン・カポーティ「最後の扉を閉めて」の最後の一節です。村上春樹氏はこの文章から「風の歌を聴け」をひねりだしたといわれています。
Think of nothing things, think of wind.
何でもないことだけを考えよう。
風のことを考えよう。
村上春樹氏の訳です。いつも自分なりに訳そうとしますが、これを上回ることができません。ことあるごとに、この言葉をつぶやいては、なにかを得ようとしています。
蛇足ですが、人は、なにも考えないようにするほど、なにかを考えてしまうものです。
遠足の前夜のベッドのなかだとか。迷ったときだとか。そんなときに「なにかを考えちゃだめなんだ」と否定することなく「なにもないことを考えればいんだ」と、その状態を、積極的に肯定できるしたたかさが、この言葉にはあるように思います。もとの意味と関係ありませんけれど。
さて、風の正体を棚あげしました。
その上で、さらなる問いは「いまも風は吹いているのか? 止んでしまったのか?」だと思います。
僕は止んだと思います。
少なくとも、昭和の風は、もうどこかにいってしまいました。どこでもないところから吹いて、どこでもないところに吹いていく。そういうものです。
では「平成には平成の風があるのか?」といわれると首をひねりたくなります。
あまり平成に風を感じないからです。平成を象徴するものは、やはり風でないように思います。あれは昭和を流れる一連のムーブメントだったのではないでしょうか。
なにかはわかりません。しかし平成にふさわしい言葉はあって、それは、まだ発掘されていない——あるいは僕が気づいてないだけ——ような気がするのです。
もう平成も終わろうというのに。僕たちは、まだ風の代わりになるものをみつけられないでいるわけです。
平成とはなんだったのだろう?
昭和を吹き続けた風のようなものは、どこでみつかるのだろう?
最近、そんなことを考えています。はじめに断ったように、この文章に、特に歯ぎれのいい終わりはありません。風みたいに。