技術を空間にとけこませる(クラシックパスを使うには)

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クラシックパス……難度のたかい技法です。
初心者のころは練習こそすれ、実践できるなど考えもしませんでした。

なのに気づけば、乱用するまでになっていました。
ある意味、身についたわけです。

実際、いまではなぜかばれる気がしません。
ばれないとなると、これほど勝手のいい技法もないわけです。

技術が上達したのでしょうか。
というより、技法そのものへの考えがかわった気がします。

いまもクラシックパスを苦手だというひともいれば。
現場でたやすくこなすマジシャンもいます。

もし、両者とも練習しているのなら、
彼らに技術的な差はそこまでないはずなのに。

では、その認識のちがいはどこからくるのでしょう。
クラシックパスを例に、技術の修得・実践について考えてみます。

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「マジシャンは魔法使いを演じる役者である」のか?

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「人生は歩きまわる影法師、あわれな役者だ」
「マクベス」ウィリアム・シェイクスピア

 

マジシャンは魔法使いの役を演じる役者である

 

これはロベールウーダンの言葉です。
教科書の1ページ目にのるような、あまりにも有名なものです。
マジシャンをしていて、ふとしたときにおもいだします。
そして、なにかと考えてきました。 続きを読む

マジシャンが「ラッスンゴレライ」を分析する

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芸人さんのパフォーマンスは、とても参考になります。
こまかな工夫や、構成、台詞まわし……つい、いろいろ考えてしまいます。

今回は「8.6秒バズーカー」の「ラッスンゴレライ」について。
もはや、テレビでみない日はなく、社会現象の感すらあります。

若造マジシャンなりに「なぜウケているのか」を、考えてみました。
これほどの現象には、なにかわけのあるはずなのです。

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「いいもの」を、シェアしない贅沢

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友人と、はじめての喫茶店にいったときのこと。
まわりをながめて「いいところだね」という話になりました。

そのとき、僕はメニューをながめていましたが、
友人は「つぶやこう」と、携帯をとりだしました。

なんとなく、むなしくなりました。
ああ、まわりに報告しないでは、いられない時代になったのだな、と。 続きを読む

使うコインについて

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「なんのコインつかってる?」と、マジシャンはよく話します。
コインマジックは、ひとつの花形であり、それも重要なことなのでしょう。

おもえば、いままで、いろんなコインをつかってきました。
いまも、ひきだしにころがっているはずです。

マジシャンのこだわりどころとして。
なんとなく、いままで考えたことをまとめてみます。 続きを読む

「観客のウケ」は、低くみつもるべし

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マジックショウは、基本的にもりあがります。
拍手もあれば、大興奮のまま、悲鳴すらとびかいます。

おわったあとも、賛辞をいただけます。
「すごいもりあがった!」「たのしかったよ!」「ぜひまたきてくれ!」と、ほくほくです。

けれど、それを、そのままうけとるのは「こわいな」と、いつもおもいます。
いつまでもヒーローの気分でいられません。 続きを読む

「氷山の理論」で演技をけずる

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「無駄をはぶく」とはで、つくりこむとは、無駄をなくす作業だといいました。
もうすこし、ほりさげてみます。

そもそも、「いらないものをはぶく」のは、大変なことです。
基準もわからなければ、もったいない気もします。

けれど「はぶく」ことでしか、ものごとは美しくなりません。
われわれは、どのようにして「はぶいていく」べきなのでしょう。

そんなとき、いつもこの、ヘミングウェイの文学理論をおもいだします。
おしいアイデアも、気前よく、ぽーんとすてられる気がするのです。 続きを読む

「無駄をはぶく」とは

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われわれは、生きているかぎり、なにかをつくらねばなりません。
マジックでも、今晩の夕飯でも、卒論でも、明日の会話でも。

そして、ひとには「いいものをつくりたい」という、謎な欲求があります。
そのためには、不要なものをすてなければなりません。

つくりこむとは、無駄をなくす作業だからです。
ものごとは「これ以上はぶけないところまで、けずらねばならない」のです。 続きを読む

それで、なにを表現したいの?


 

 

 

 

 

 

 

僕がだらだらマジックをしていたとき。
何人か「すげえな」と、心底おもわされたマシャンがいました。

僕のしっているトリックを、しっているように演じているのに。
どこか「ちがった」のです。

おあそびの延長でなく、ワンランク上のものをみせられたような、
「ああ、これこそマジシャンだ」という感覚でした。

あきらかに「光っている」パフォーマーというのはいます。
彼らは、なにがちがったのでしょう。 続きを読む