今をさかのぼること、革靴にして3足前、使いすてたトランプにして495組前、ビールにして1743リットル前、僕は大学生だった。
そのころ「宗教学」の講義をとっていた。われながら、めちゃくちゃ熱中していた。世界のあらゆる宗教哲学を、わかりやすく解説してくれて「え、こんな面白くていいの?」という謎のテンションでのめりこんでいた。 続きを読む
今をさかのぼること、革靴にして3足前、使いすてたトランプにして495組前、ビールにして1743リットル前、僕は大学生だった。
そのころ「宗教学」の講義をとっていた。われながら、めちゃくちゃ熱中していた。世界のあらゆる宗教哲学を、わかりやすく解説してくれて「え、こんな面白くていいの?」という謎のテンションでのめりこんでいた。 続きを読む
「これが何に似ているか、わかる……。これは誰もがいつかみる夢みたいよーーそういう夢では、自分の家にいるのに、ふと、そこにあるのに気がつかなかった部屋をみつけるの。でも、その部屋をみると、こういってしまうの。『あら、もちろんそうよーー当然、あの部屋はあるはずよ。昔からあったはず』って」
「ジェネレーションX 加速された文化のための物語たち」
ダグラス・クープランド
マジシャン浅田です。
このたびマジックバー「IDEAL」をつくりました。
場所は大阪・座裏エリアです。
大阪府大阪市中央区難波4丁目7−9
南進会館2F(なんばウォーク「B5」出口より徒歩1分)
19時〜23時ごろ
HP マジックバーIDEAL
正直、内装はめちゃめちゃこだわりました。なんとDIYです。
ぶっちゃけ先月はマジシャンというより大工さんでした。デザイナーさん監修のもと、材料をはこんで、壁に漆喰をぬって、木材にボルトをうちこみました。危うく大工としてのプライドが芽生えかけるところでした。この猛暑なのにクーラーのついたのが最後で、鴨川のように汗をながしました。おかげで肌がきれいになりました。
内装テーマとしては「夢のなかの部屋」という感じです。 続きを読む
今回は、マジシャンとして考えぬいた「観客から拍手をもらう方法」を解説します。
僕は、拍手について、ちょいとは考えてきた自信があります。もちろん、パフォーマンスや人前に立つ仕事をする方なら考えたことがあるでしょう。 続きを読む
最近「何年くらいマジシャンをやってるんですか?」といわれて「十年くらいですかねえ」と答えた。そのあと「わお、もうそんなになるのかよ」と驚いた。せっかくなので、はじめて舞台に立ったときのことを書きたくなった。
いまから十年くらい前の話になる。 続きを読む
先日、桜の大阪城公園にてストリートマジックをしました。
そう報告すると、いくつか質問をいただきました(なぜか最近演技についての質問が多い)。せっかくなので挑戦してみたいけれど、ちょっと勝手がわからないマジックプレーヤーもいるのかもしれません。なにかをするときは、ある程度、ロジックを組み立てたほうが安心できます。なのでそのとき考えた作戦をまとめます。
とはいえ、今回は、イベント会場にのりこんだだけです。私もストリートの専門家ではありません。いくつか本流とは違うこともあるかと思います。そのあたりはご容赦くださいませ。 続きを読む
最近、マジックを演じる上で考えていることがあります。
・マジシャンはマジックを演じすぎではないだろうか?
・トリックはひとつだけ演じたときに最も魔法らしくなるのではないだろうか?
——というものです。
マリーニやフーディーニは、たった一枚のコインを消すだけで、観客の生涯にわすれられない瞬間をつくった。本来、マジシャンの技術や研究は、その方向に進むべきでなかったかと思ったりする。
— 浅田悠介 (@ASD_ELEGANT) September 25, 2017
何度もコインを消すより、ためらいながら一度消してみせた方が魔法にみえる、というのは悲しい真実だ。奇跡は本来、一生に一度あるかないかのことだろうから。とにかく過剰すぎる。理想をいえば、一度だけコインを消したあと、生涯、その観客の前に姿をあらわさないくらいでちょうどいいと思う。
— 浅田悠介 (@ASD_ELEGANT) September 25, 2017
「しかし、実は、風はどこから来るわけでもなく、どこに吹いてゆくわけでもなかった。それが、風が砂漠よりも偉大な理由だった。いつの日か、誰かが砂漠に木を植え、そこで羊を飼うかもしれない。しかし、風を飼い慣らすことは、決してできないのだ」
「アルケミスト」パウロ・コエーリョ
朝、新聞をみて衝撃でした。当たり前のことですけれど、その当たり前のものがなくなる感覚でした。
僕は平成元年世代です。昭和というものを知りません。同時に、平成という時代とともに生きてきた——質は考えずに——ということはできるわけです。
よく「そうか。君たちは平成生まれかなのか」と年上の方におどろきの目をむけられました。それも終わるというわけです。次は、僕が、おなじ目を次の世代にむける番なのでしょう。 続きを読む